札幌で北海道胆振東部地震を体験(被災1日目)。停電を通して必要だと感じた防災用品や備蓄など。

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北海道胆振東部地震から10日間過ぎました。

私コマキは札幌市在住です。生まれも育ちも札幌。
地震当日は勿論札幌にいました。

地震が起きたのは2018年9月6日午前3時8分。

夫とベッドで寝ていたのですが、ものすごい揺れで目が覚めました。
今までに体験した地震とは、根本的に違う。全然違う揺れ。
ゆらゆらというよりは地面から突き上げてくるような。
そして長い。

豆電球とカーテンの隙間から漏れてくる薄明かりの中、瞳を開けたら夫と目がバチッと合いました。

「これはやばい」

いつも冷静で大きな声を出したり焦ったりしない夫が小さく叫びました。
これは非常事態なんだと瞬間的に自覚したのを覚えています。

次の瞬間、二人同時に息子の名前を叫びました。
息子はベッドの横の布団で寝ているのです。

私はベッドから飛び降りて、息子に覆いかぶさりました。

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地震直後に停電が発生

揺れが収まったところで夫がリビングに行き、テレビをつけました。
早速地震について速報が始まっているのが聴こえてきます。

その後も私は息子にずっと覆いかぶさっていたのですが、4歳の息子は最初から最後まで地震に気付く気配なし!

めっちゃ寝てる、、、。
我が家、マンションの割と上の階で揺れの感じ方は激しいはずなのに、、、。

いや、、、いいけど、、、良いのか?

息子にダメージがないことも手伝って気持ちが若干落ち着いてきたので、寝室に息子を置いてリビングへ。

テレビを観ると、北海道では今まで観たことのないような震度が画面に映し出されていました。

「停電になるかもしれない」
夫が静かに言いました。

その1分後位にテレビと部屋の電気が全て消えました。

突然始まった停電。ラジオが情報収集・精神安定に必須のツール。

夜明けに近い時間だった為停電が始まっても真っ暗ではなかったことと、心の準備もできていたので割と冷静に地震と停電を受け止められました。

その後も何度もはっきりわかるような余震がありました。

またすぐ同じ位の、いやもっと大きな地震が来るかもしれない。

そう思いながら薄明かりの中で身の回りの物をまとめ、息子を抱きしめて横たわってました。
いや、まるで眠れなかったですけどね。

「周りの様子を観てくる」
夫が朝5時頃に出かけて行きました。マンションのエレベーターは停電で止まっています。

程なく戻ってきた夫の手には手回し式のライト付きラジオが握られていました。
近くの公共施設(札幌コンベンションセンター)で配布されていたそうです。

既にうちにあるし、、、とその時は正直思ったのですが、これがもう本当に役に立ちました。

何故なら、我が家には乾電池式のラジオも懐中電灯もあったのですが、
片方はぶっ壊れ、片方は電池が腐食、と両方まるで役に立たなかったのです。

防災用品、定期的な動作チェック、大事!

持ってるだけで安心しちゃダメ!

実際私の周りもラジオを常備していなかった為、停電中は車に戻り定期的にラジオを聴いて情報収集していた人が多かったです。

非常時って人の声が聞こえることが心の安定にもつながるので、ラジオはつけっぱなしにできる方が良いです。

となると電池式が安心なのですが、手回し充電の機能も同時搭載されていたら万一電池が無くなった時の事も気にしなくて良いですよね。ラジオ、できれば手回しで充電もできるタイプのラジオは用意しておいた方が良いと思いました。

我が家は夫が1日中定期的にレバーをぐるぐる回し、手回しの充電のみでラジオを聴いていました。
ジムも行けないので筋トレ代わりとのこと。なんて前向きな、、、。

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停電での生活が始まる。カセットコンロが役に立つ!

そんなこんなで余震やら本震やらネットでの不確かな情報やらに怯えながら停電での1日が始まりました。

私たち夫婦は二人とも早々に自宅待機が決定し仕事は休み。
でも周りには地震当日でも出勤しなければならない人がたくさんいました。

勿論私と同じように子供がいる方もいます。私達夫婦は本当に恵まれていたと思います。

次々に悲惨なニュースがラジオから流れてくる中、朝6時位にガスコンロと土鍋でご飯を炊きました。
湧き上がる蒸気が自分を少し前向きな気分にしてくれました。

電気が無くてもカセットコンロはお米が炊ける!料理ができる!
当たり前のことに感動。

停電で、徐々に温度が上がってゆく冷蔵庫。

最初は数時間で復旧というような話だったものの、数時間後の発表では数日かかるとのこと。
これはもう覚悟を決めるしかないと思い、冷蔵庫の中の食材の消費計画を立てました。

1日目・・・冷蔵庫

2、3日目・・冷凍庫

4日目以降・・・なんとかなるだろう

こんなザルな感じですけどね!
一応計画を立てて、1日目は解凍が進まないように冷凍庫を一切開けないことに決めました。

朝ごはんは土鍋で炊いたご飯とふりかけと、冷蔵庫の中の作り置きおかず。
停電がいつまで続くかわからないので、できればカセットコンロを使うのは最小限にとどめたい。

たまたま茹でたブロッコリーやひじきの煮物などが冷蔵庫に入っていたのは本当に助かりました。

私、作り置きを何十種類も作ってインスタに写真を載っけてる人を見るとひいてしまう人ですが、地味なものでもいいので何種類か位はこれからも冷蔵庫に入れておこうと思いました、、、。

地震から数時間後、電池があっても携帯が繋がらない。

夫婦共会社とのやり取りは早朝に済ませられましたし、LINEでのやり取りも地震直後からしばらくは問題ありませんでした。

幸い車のガソリンは満タンでした。
我が家、土日しか車を使わないので外出帰りにガソリンを入れる習慣があり、平日は基本的に満タンなのです。
おかげで地震後数日続いていたガソリンスタンドの長蛇の列に一度も並ばずにすみました。

お昼前に車内でスマホを充電し満タンに。
同時にテレビも観て情報収集。北海道胆振東部地震という名称がついたことも知りました。

しかし、お昼前後からスマホが繋がらなくなってきました。LINEやTwitterも接続できません。
向こうがお昼頃送ったと思われるメッセージも夜や夕方に届いたり。

どんなに充電に気を使っていても、繋がらなければ意味がありません。

この時もラジオの存在は本当にありがたかったです。
アナログ、強い!

数時間置きに一番近い避難所である札幌コンベンションセンターに行って情報収集をしました。
情報収集というよりは、同じ状況の方々がどうしているのかを知りたいという気持ちの方が大きかったです。

早朝に行った時は2、30人ほどでしたが、午後にはかなり人が増えていました。
携帯電話を充電している人もいれば、避難している人もかなりいます。
避難所としての運用を開始し、避難の受付をした方に毛布や食料を配布していました。

東北や熊本の震災の時にテレビで観たものと同じ光景が広がっていて愕然としました。

もうすぐ日が暮れる。

電気はいつ復旧するのだろう。
また大きな地震は来るのだろうか。

常にそんな不安が心の半分位を占拠していますが、それでなるべく前向きにいようと心がけていました。
そして自分には何があっても息子を守らなけば、と強く思いました。

私の夫は何事にも動じない性格ですが、こんな時もそれは変わらず、淡々と息子と遊んでいます。
息子も地震の時に気づかず寝ていたので精神的ダメージも受けていない模様。

幸い食料もそれなりにストックしてあったので、数日分〜1週間はなんとかなりそうです。
ガソリンも食料もある。水も出る。電池はそんなにないけどガスコンロはある。
避難所も近いので、ひとまずまだ避難しなくても良さそうだ。

停電がいつまで続くかわからないけど無駄に買い物に出かけたりせず、家族三人離れないで過ごそう。

夕方になると徐々にスマホも繋がるようになってきました。LINEも遅れて届きだしました。
友人の中には電気が復旧したお家もちらほら。

我が家は一向に繋がりません。

昼は電気がなくてもそう苦労しませんでしたが、夜は未経験です。
電気がない夜って、どんななのだろう?

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